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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)161号 判決

原告

山本広志

被告

東久留米市教育委員会教育長

福島直吉

被告

東久留米市

右代表者市長

稲葉三千男

被告ら訴訟代理人弁護士

下川好孝

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告東久留米市教育委員会教育長(以下「被告教育長」という。)が原告に対して平成四年七月一日付けでした公文書公開拒否処分(ただし、平成五年一月一二日付けの決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

二  被告東久留米市(以下「被告市」という。)は、原告に対し、金一八〇円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東久留米市公文書公開条例に基づき、東久留米市立第四小学校に在籍当時の自らに関する小学校児童指導要録の全部公開を求めた原告が、右指導要録を公開しない旨の被告教育長の処分を不服として、被告教育長に対して右処分の取消しを求めるとともに、右違法な処分等により、写しの交付手数料等一八〇円に相当する損害を受けたとして、被告市に対して損害賠償を求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和四六年九月に東久留米市立第四小学校に転入学し、二年生の二学期から昭和五一年三月二五日に卒業するまでの間、同校に在籍した者である。

2  原告は、被告教育長に対し、平成四年六月二二日付けで、東久留米市公文書公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき、右小学校に在籍当時の原告に関する小学校児童指導要録(以下「本件指導要録」という。)の全部を公開するよう請求した(以下「本件請求」という。)。

3  被告教育長は、平成四年七月一日、本件指導要録が「個人に関する情報で公開されることにより私生活の平穏を害するおそれのあるもの」と規定する本件条例九条一項二号所定の非公開文書に該当するとして、本件指導要録を公開しない旨の決定をした(以下「本件処分」という。)。

4  原告は、本件処分を不服として、平成四年七月一四日付けで、被告教育長に対し、本件処分の取消しを求める異議申立てをした。

5  被告教育長は、右異議申立てを受け、本件条例一二条に基づき、東久留米市公文書公開審査会(以下「審査会」という。)に諮問を行い、審査会の答申を受けて、平成五年一月一二日、右答申どおり、本件処分の一部を取り消す旨の決定(以下「本件異議決定」という。)をし、原告に対し、本件指導要録のうち右取消しに係る部分(別紙1の表面全部、裏面の特別活動の記録の一部及び標準検査の記録。以下「本件公開部分」という。)の公開をする旨の通知をした。

6  原告は、平成五年一月二五日、本件公開部分以外の部分(以下「本件非公開部分」という。)を黒く塗りつぶした本件指導要録の写しの交付を受けた。

なお、原告は、その際、手数料一五〇円及び複写費用三〇円、合計一八〇円を支払った。

二  争点

被告らは、本訴において、本件指導要録の本件非公開部分は、公開しないことができる公文書について規定する本件条例九条一項二号及び四号エに該当する旨主張しており、本件の争点は、以下のとおりである。

1  本件非公開部分の非公開理由につき、本件条例九条一項四号エに該当することを追加主張することが許されるか。

2  本件非公開部分に本件条例所定の非公開理由該当性があるか。

3  被告市に対する損害賠償請求につき、違法行為、損害の発生、因果関係等の有無。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 被告らの主張

本件訴訟における審判の対象は、本件処分の処分理由の適否ではなく、本件処分の実体上及び手続上の違法性一般であるから、その後条例上類型化された処分理由を追加して主張したとしても、そのことによっては、処分の同一性が損なわれず、審判の対象が異なるに至るものではない。本件においては、教育的配慮に基づいて作成された指導要録の公開が、本件条例九条一項二号に該当すると同時に必然的に同項四号エにも該当することになるのであり、追加された処分理由は、本件処分に附記された理由の基礎事実と同一性があるというべきである。

また、行政処分に理由附記が要求される場合においては、一般にその趣旨は、判断の慎重と処分の公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、処分理由を被処分者に知らせて不服申立ての便宜を図る趣旨であると解されているところ、被告教育長は、本件処分においては、本件条例九条一項二号の非公開事由を附記し、本件異議決定においては、それとともに実質的に同項四号エの非公開事由も附記しており、原告はその非公開事由を十分に認識できているのであるから、処分理由の追加主張をすることによって、原告に格別の不利益はないというべきである。

(二) 原告の主張

被告教育長は、本件処分の段階から一貫して本件条例九条一項二号該当性のみを主張しており、本件処分及び本件異議決定の通知において、同項四号該当との記載を全くすることなく、本件指導要録が同項四号に該当しないことを認めていたものであるから、本訴において、これを追加主張することは許されない。

2  争点2について

(一) 被告らの主張

(1) 本件条例の趣旨は、市政の公正な執行、信頼の確保のための市民による市政の監視に主眼があり、公文書公開請求権は、本件条例により創設された権利である。したがって、公開することにより他の法益を害したり、かえって市政の公正さや円滑さを損なうような文書については、公開しないことができるのであり、本件条例は九条において公開しないことができる公文書を規定している。

(2) そして、指導要録は、学校教育法施行規則一二条の三第一項の規定に基づいて作成が義務付けられた文書であり、指導要録制度の趣旨・目的は、児童・生徒(以下「児童」という。)の学籍並びに指導の過程及び結果の要約を各学年を通じて記載し、成長過程にある児童の学習、生活を総合的に把握し、継続的に個々人に合った適切な指導、教育を行うための基礎資料とすることにある。そうした資料とするためには、学年ごとに教師が各児童の学習、活動、行動、性格などの所定事項を漏れなく、かつ、ありのままに記述する必要、すなわち、児童のプラス面(長所、良い面)、マイナス面(短所、悪い面)を問わず、児童の現状をそのまま表記する必要があるのである。こうした指導要録は、教師が各児童の的確な指導のために作成するものであり、教師以外の者に知らしめたり、公開したりすることを想定して作成するものではなく、非公開を前提として作成されるいわば教師の自己使用目的の内部文書というべきものである。

また、本来、教育行政文書は、心身の発展途上にある児童の学力や知識、健全な人格的成長を図る目的のもとに、様々な教育的配慮を施す必要から作成されるものであり、市政そのものに関する一般行政文書とは異なった性質のものであり、前記公文書公開制度の趣旨になじまない性質の文書である。

(3) 指導要録の様式、記載内容については、文部省から各都道府県教育委員会に提示通知がなされ、各都道府県教育委員会は管下の各市町村教育委員会に様式、記載内容についての助言、指導を行っている。東久留米市教育委員会が東京都教育委員会の助言、指導により作成している指導要録の様式、内容は別紙1のとおりであり、表面は、学校名、校長名、学級担任名等や「学籍の記録」「出欠および健康の記録」等の学籍に関する記載であり、裏面は、「各教科の学習の記録」「特別活動の記録」「行動および性格の記録」「標準検査の記録」となっている。

(4) こうした指導要録、とりわけ、その裏面を公開することによって種々の弊害が生じることになる。すなわち、指導要録の裏面は、児童のプラス面、マイナス面をありのままに記載するものであるから、これを公開した場合には、マイナス面の記述につき、成長過程にあり傷つきやすい未成熟な児童の向上心や意欲を阻害し、自尊心を傷つけて感情的反発や誤解を招き、学校や教師に対する信頼関係を損なう結果となり、落ち込んだ心身状態の回復も困難となる。また、保護者についてみても、学校と家庭では異なる行動様子を示す児童も少なくなく、親の欲目もからむことから、保護者の誤解や感情的反発を招来する結果となる。そして、通信簿には、これらのことを考慮して、必ずしも指導要録の記載どおりではなく、向上心や意欲を持たせるような適切な表現や方法で記載するので、指導要録との記載の相違がかえって誤解や反発を生み、学校や教師に対する信頼関係を損なう結果となる。そして、場合によっては、こうした感情的反発により、学校や教師を逆恨みして異常な事態となるおそれが十分にある。

このように、指導要録を公開することは、児童又は保護者の私生活の平穏を害し、指導要録を記述した教師の私生活の平穏を害することになる。

また、指導要録を公開することになれば、教師は、児童、保護者らの誤解や感情的反発による混乱を回避するため、あるいは自己の平穏な生活に配慮して、指導要録の裏面の記載について、プラス面のみを記載してマイナス面の記載をしなくなり、また、特記事項の記載なしで終わるというように、指導要録の命ともいえるありのままの記載をしない結果を招き、指導要録が形骸化し、指導要録制度の趣旨に基づく適切な指導教育等が達成できなくなる。

したがって、指導要録は、本件条例九条一項二号の「個人に関する情報で公開されることにより私生活の平穏が害されるおそれのあるもの」に当たり、また、同項四号エの「実施機関が行う事務事業に関する情報であって、公開することにより当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのあるもの」に該当する。

(二) 原告の主張

(1) 本件条例は、一条(目的)において「公文書の公開を求める市民の権利を明らかにする」と宣言して市民の知る権利を保障し、行政が市民の信頼を得ることを目的としており、そのためには行政の秘密主義を排さなければならず、非公開事由を拡大解釈することは許されない。

(2) 学校において、教育が適切に行われるためには、教師と児童との信頼関係がなければならず、信頼関係を確保するためには、秘密主義を排さなければならない。指導要録は、児童本人の人生に重大な影響を与えるにもかかわらず、本人による訂正の機会がなく、一人の教師によって記載された内容は、本人を知る他の者によるチェックがなされていない。人間は常に誤りを犯す可能性があり、教師が常に理性的で保護者が常に感情的であるという図式を前提に、すべての教師が、多くの児童について、公正で適切な評価を指導要録に記載しているとすることは非科学的である。指導要録を公開しなければ、こうした誤りの存在も明らかにならず、放置されることになる。指導要録を公開することにより、本人又は保護者が記載内容に疑義があれば、これを教師に問い質し、教師がこれを相当と認めれば、記載内容をより公正な内容に訂正し、そうでない場合には、本人又は保護者にその記載について説明をすることになる。信頼関係はこうした過程を通じて形成されていくのであり、非公開のままでは、学校及び教師に対する不信は払拭されないことになる。

(3) 被告らは、本件指導要録を公開することによって、私生活の平穏が害される旨主張するが、原告は、既に小学校卒業後十数年経過し、教員免状を所持するなど責任ある立場にあり、教師に対する嫌がらせ等の混乱を生ずるおそれはない。

さらに、被告らは、本件指導要録が本件条例九条一項四号エに該当する文書である旨主張するが、同規定は公開しないことができる情報を「生命、財産の保護、検査、争訟、用地買収、犯罪の予防、その他実施機関が行う事務事業に関する情報」と規定しており、ここでいう「その他実施機関が行う事務事業」とは、例示と趣旨がかけ離れたものは含まないと解すべきであり、学校における指導教育等はこれに含まれず、指導要録は、右規定の文書に該当しないというべきである。また、指導要録の公開は、前記のとおり、結局は公正な教育を実現する助けになるのであるから、「事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのあるもの」に該当しないというべきである。

3  争点3について

(一) 原告の主張

原告は、本件指導要録の本件公開部分の写しの交付を受けるために、一八〇円を支払っているが、本件指導要録が全面公開されれば、更に交付手数料等として一八〇円の二重払を余儀なくされることになるが、これは被告教育長の違法な本件処分及び本件異議決定により、原告が被った損害である。手数料一五〇円の支払が不要であるとしても、少なくとも複写費用三〇円については原告が二重払を余儀なくされるから、これは原告の損害となる。

(二) 被告市の主張

本件処分等が適法であることは、前記2主張のとおりである。また、原告が支払った一八〇円は、本件条例一〇条一項及び別表に定める公文書の公開に要する手数料一五〇円と、本件条例一〇条二項及び東久留米市告示第四〇号で定める写しの作成に要する費用三〇円(乾式複写機により写しを作成する場合、写し一枚につき三〇円)の合計額であるところ、右手数料は、公開の拒否等にかかわらず納付すべき請求費用であり、複写費用は、原告の複写交付請求に基づく所定の複写実費であるから、一八〇円の徴収には何ら違法はなく、原告には何らの損害も発生していない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  一般に行政処分の取消訴訟における審判の対象は、行政処分の違法性一般であり、本件処分においても処分理由の追加により審判の対象等を異にするに至るものでないことは明らかである。

もっとも、乙一号証によれば、本件条例七条三項は、公文書公開拒否決定の際には、その理由を記載した書面により通知しなければならない旨を規定しており、本件条例が非公開決定に理由の附記を求めているのは、非公開理由の有無につき実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、非公開理由を請求者に知らせることによって、不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解されるから、附記されていない理由の追加主張については一定の考慮が必要になるというべきである。

2  そこで、本件についてみるに、原告が公開を請求している公文書は、その請求自体から文書が特定されているところ、弁論の全趣旨によれば、本件処分においては、本件指導要録における個別具体的記載内容ではなく、一定の様式に従って記載される指導要録一般の記載事項を念頭においた上、これが公開されることにより生ずる弊害を考慮して公開の是非が判断されたことがうかがわれ、本訴における処分理由の追加主張も、本件処分当時に全く問題としていなかったような記載部分や本件指導要録の個別具体的記載に着目するなどして異なる基礎事実を前提として理由を追加したというものではなく、むしろ、同一の基礎事実を前提とした上、本件処分に当たって附記した本件条例九条一項二号に規定する公開による弊害が、同項四号エに規定する弊害をも生ぜしめるであろうことを考慮して、非公開理由の適条の追加がなされたものとみ得ることからすれば、被告らが、本訴において、右のような処分理由の追加をしたとしても、直ちに本件条例が理由の附記を求めた趣旨を没却するものとはいえないというべきである。現に、本件処分後、原告は、被告教育長に対して異議申立てをなしており、乙一一号証によれば、本件異議決定においては、本件非公開部分の非公開理由につき「本人に対して誤解を生じさせ、学校及び教師への信頼を損なう恐れがある」「公開を前提とすると、ありのままを記載しなくなり、指導要録に基づく教育的指導が困難になる恐れがある」等の記載があり、右理由は、本件条例九条一項四号エに規定する非公開理由として記載されたものと解し得ること等に照らせば、本訴における処分理由の追加主張を認めたとしても、原告に格別の不利益を与えるものとはいえないと解すべきであり、被告らは、本件非公開部分の非公開理由につき、本件条例九条一項四号エに該当することを追加主張することが許されるというべきである。

二  争点2について

1  前記争いのない事実に加え、証拠(証人中村祐治の証言及び適宜各項末尾に掲記した書証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 指導要録は、従来の学籍簿に代わって、学校教育法施行規則一二条の三第一項の規定により作成が義務付けられた文書であり、外部に対する学籍の証明の原簿としての機能と指導の記録としての機能を合わせもつもので、学籍の記録と学習の記録や指導内容の記録等が記載されている。指導要録制度の趣旨・目的は、児童の学籍並びに指導の過程及び結果の要約を各学年を通じて記載し、成長過程にある児童の学習、生活を総合的に把握し、継続的に適切な指導、教育を行うための基礎資料とすることにある。そして、継続的な指導教育という点からも、指導要録は、進学、転学の際にはその抄本又は写しが進学先に送付され(学校教育法施行規則一二条の三第二項、第三項)、また、当該児童の担任教師等の間で引き継がれる。そして、適切な指導教育のための資料とするには、所定の事項について、これを実際に記載する教師が、様々な視点から児童を観察するなどして情報を収集し、教師としての専門的見地から総合的に判断して、できる限り公正かつ客観的に、自らの言葉で、児童のプラス面、マイナス面を問わず、ありのままを記載することが必要とされ、教師に対しては、指導要録の記載要領、記載に当たっての観点、記載内容等が周知徹底され、また、これについての研修を行うなどされている。

そして、法令上、明文の規定はないものの、現行の指導要録制度は、指導要録の指導教育の基礎資料としての性質等から、児童又は保護者等には公開しないという前提で、実際に記述されている。(甲四、七号証)

(二) 指導要録の様式及び記載内容は、教育委員会によって決定されるものであるが、様式、記載内容等につき、文部省から各都道府県教育委員会に提示通知がなされ、各都道府県教育委員会が管下の各市町村教育委員会に様式、記載内容についての助言・指導を行っているところ、東京都教育委員会の助言・指導により、東久留米市教育委員会が作成している指導要録の様式及び内容は別紙1のとおりであり、本件指導要録の様式等もこれと同様である。

そして、本件非公開部分に該当する部分の記載内容は以下のとおりであり、いずれも第一学年から第六学年までが記載される。

(1) 各教科の学習の記録

これには、評定欄、所見欄、備考欄があり、評定欄には、各教科につき、年間を通じた成績・学習態度等を総合的に考慮して、その相対的な評価が五段階で記載される。所見欄には、主な内容について内容指針が定められている各教科の観点ごとに、他との比較ではなく、ありのままの絶対的評価として、優れているものには○印、劣っているものには×印が記入される。備考欄には、学習に対する努力や学習態度等の学習状況に関すること、学習の進歩が著しい教科がある場合の状況に関すること、学習に影響を及ぼす健康状況や環境状況に関することなどにつき、特記すべき事項が記載される。

(2) 特別活動の記録

児童生活、学校行事、学級指導等の参加態度や学級会、クラブ活動等の活動状況につき、特記事項及び所見を含めて記載される。本件非公開部分は、学級会等に行った委員、参加したクラブ等の客観的事実の記載に関する部分を除いた部分である。

(3) 行動および性格の記録

これには、評定欄、所見欄があり、評定欄には、主な内容について内容指針が定められている健康・安全の習慣、自主性、責任感、根気強さ、創意くふう、情緒の安定、協力性、公正さ、公共心といった項目ごとに、A、B、Cの三段階(Cは特に指導を要するもの)で評定が記載される。所見欄は全体的にとらえた児童の特徴についての記述、例えば、右評定欄でC評定となった項目に関する具体的理由や指導方針、指導上特に留意を要する児童の健康状況や配慮事項、児童の行動や性格を理解するために参考となる校外生活における顕著な行動、趣味・特技等の記述がされる。

なお、学校における児童の様子や評価等を児童本人又は保護者に知らしめるものとしては通信簿等があるが、通信簿は、児童本人又は保護者がこれを目にすることを前提に、児童に向上心や意欲を持たせるような教育的配慮に基づき適切な表現方法が工夫され、また、記載内容も異なり、必ずしも指導要録の記載どおりの記載がなされるものではない。本件指導要録が作成された時期において、東久留米市立第四小学校で作成していた通信簿の記載内容は、各学期の各教科の評価の観点ごとの「学習のようす」、仕事、遊び、話し合い、生活習慣といった項目の観点ごとの「行動のようす」、所見欄及び出欠の記録というものであり、「学習のようす」は、他との比較ではなく、各個人の学習の目標に対する到達度を「できる」「だいたいできる」「努力を要する」という各欄に○印を記入する方法で記載され、「行動のようす」は、「よい」「努力を要する」という各欄に○印を記入し、普通の場合には記入しないという方法で記載されるものである。(乙一二、一三、一八、一九号証)

(三) 右認定のとおり、指導要録の本件非公開部分該当部分には、単なる計数的な成績評価にとどまらない全体的な評価あるいは児童の人物評価ともいい得る評価等が、公開されることを予定せず、したがって、こうした評価等を本人又は保護者に伝える場合の配慮等もなされずに、マイナス面についてもありのままに記載されているのであるから、これを公開するとすれば、場合によっては、児童が自尊心を傷つけられ、意欲や向上心を失い、あるいは教師や学校に対する不信感を抱いて、その後の指導に支障を来す可能性があり、また、児童が家庭と学校で現す様子が必ずしも同じものではなく、通信簿等の記載と指導要録の記載とが必ずしも一致していないことからすれば、保護者又は児童本人が、右評価等に対して反発や誤解をしたり、あるいは感情的になって、教師や学校との信頼関係を損なう場合があり得るところであり、さらに、こうした誤解や感情的反発により、場合によっては、教師に対する逆恨みを抱いたりする可能性もあり得るところというべきである。実際に、事務上の手違いから、指導要録を保護者や本人が目にして、学校とのトラブルが生じて、信頼関係を損ない、他の学校へ通学するようになった事例もあり、また、表現等に配慮した通信簿についても、その評価をめぐって、教師に対して脅迫まがいのことが行われた事例もあった。

そうしたことからすれば、指導要録の本人等への全面的な公開を前提とした場合には、教師が右のような弊害を慮って、マイナス面についてのありのままの記載をしなくなり、あるいは、あえて特記事項を記載しないようになって、指導要録の内容が形骸化、空洞化し、児童の指導教育のための信頼できる資料とならなくなるおそれがあることも否定できないものというべきである。(甲四、七、一三号証、乙一五ないし一七号証)

(四) 他方、指導要録の様式や記載内容及びその取扱いに関する決定権限は、各市町村教育委員会にあるが、近時、川崎市教育委員会を初めとして、指導要録の部分公開あるいは全面公開を認めた市町村教育委員会がいくつかある。(甲一ないし四、七ないし九号証、一二号証の二、一三、一四号証、乙一五ないし一七号証)

2  以上の事実を前提として、本件非公開部分につき、本件条例に定める非公開事由該当性を検討する。

(一) 本件条例九条一項二号該当性について

本件条例九条一項二号は「個人情報であり、公開されることにより、私生活の平穏が害されるおそれのあるもの」と規定しているところ、被告らは、指導要録を公開した場合、そのマイナス面の記述や通信簿との比較等から自尊心を傷つけられ、誤解や感情的反発を招くなどして、保護者及び児童の私生活の平穏を害し、また、教師に対する逆恨み等から教師の私生活の平穏も害する旨主張する。

しかしながら、本件条例が、市政の公正と信頼確保の実現を目的とした公文書公開を規定していることにかんがみると、同号は公文書に記載された個人情報が当該個人以外の者に公開されることによるプライバシーの侵害等を考慮して規定されたものと考えられ、ここにいう私生活の平穏とは、公文書に自らの個人情報を記載された者の私生活の平穏をいうものと解される。そうであるとすれば、公文書の作成者の私生活の平穏は、本来、同号の考慮外というべきであり、公文書の作成者の私生活の平穏が害されるおそれがあることは、むしろ、そのことによる右公文書の作成に係る事務の支障の有無という点で考慮されるべき事柄というべきである。また、右のような趣旨からすれば、個人情報が記載され、公開されることにより本人の私生活の平穏が害されるおそれがある文書であっても、本人からの請求に対しては、特別の事情がない限り、原則として、同号を適用して公開を拒否することはできないというべきである。

なお、指導要録の記載内容にかんがみれば、これを児童の評価等という教師自身の個人情報を記載した文書と解し得ないわけではないが、指導要録が法令により作成を義務付けられた文書であり、作成された文書が評価等を記述した教師の意思にかかわらず引き継がれ、他の教師等の目に触れることを当然の前提としていることにかんがみれば、このことをもって、プライバシーの侵害等を考慮して規定された同号を適用して、公開を拒否することはできないというべきである。

以上によれば、本件非公開部分について、同号を適用して公開を拒否することについての特別の事情がうかがわれない本件においては、同号該当性はないといわざるを得ない。

(二) 本件条例九条一項四号エ該当性

(1) 本件条例九条一項四号エは、市政執行に関する情報であって、「生命、財産の保護、検査、争訟、用地買収、犯罪の予防、その他実施機関が行う事務事業に関する情報であって、公開することにより当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのあるもの及び市の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」と規定している。

一般に、教育委員会は、地方教育行政を処理するために、各地方公共団体等に設置される合議制の執行機関であり、本件指導要録の様式や記載内容及びその取扱いに関する事務はもとより、東久留米市の教育行政に関する事務事業は、東久留米市教育委員会が実施機関となって行う事務事業であり、指導要録は教育行政という市政執行に関する情報が記載された公文書ということができる。原告は、同号エに例示された事務事業とかけ離れた指導要録に関する事務等は、「その他実施機関が行う事務事業」に含まれない旨主張するが、同号エは、極めて広範な市政に関する事務事業についてこれを例示したものであり、特に右例示を限定的な趣旨に解する根拠もなく、指導要録に関する事務がこれに該当しないということはできないから、原告の右主張は採用できない。

そして、指導要録の本件非公開部分該当部分が公開された場合には、前記認定のような弊害を生ずることがあり、そうした弊害が生ずることによって、現在又は将来の指導要録に関する事務自体に影響を及ぼし、ひいては、これを資料とした適切な指導教育等の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるということができる。

(2) 原告は、指導要録を全面公開することにより、その公正な記載の助けとなり、教師に対する不信を払拭し、信頼関係を形成することが可能になる旨主張する。

なるほど、主観に影響されることのある人に対する評価等の公正を担保する一つの手段としては、これを最も関心と利害関係を有する当事者に開示することが考えられ、その評価等の記載に関する議論の過程において、信頼関係が形成されるというのも一つの考えであり、指導要録を公開することにより、その記載がより公正なものに訂正される場合もあり得るであろう。

しかしながら、現行指導要録の記載内容によれば、指導要録の本件非公開部分に該当する部分には、単なる計数的な成績評価にとどまらない全体的な教育評価、児童の人物評価ともいい得る評価が記載されているのであり、そうした評価が本人に公開されることを前提として、なおこれを客観的、公正に行うことが困難であることは容易に推認でき、本人公開を前提とすれば、教師が本人又は保護者の感情等を慮って、マイナス面の記載等を躊躇する可能性は依然として大きいものといわざるを得ない。また、もとより教師が常に公正で、本人や保護者が常に感情的であるなどとはいえないところであるが、人が自らあるいは自身の子供に対するマイナス面の評価を冷静かつ率直に受け止めることは必ずしも容易なことではなく、マイナス面の評価自体から感情的な反発や誤解を招くことが少なからずあるであろうこと、教師が、相当程度の専門的訓練や指導要録の記載に関する研修を経ていることなどにかんがみ、さらに、右のような人物評価ともいい得る評価においては、人物の見方には様々な見方があり、表現の仕方の問題は格別、特にその誤りというものは明白なものではなく、議論によって合意に達し、これを訂正するということは極めて困難であることなどに照らせば、原告の主張するような公開による利点を考慮しても、なお、その弊害には大きなものがあるといわざるを得ない。そして、自らに対する評価等を本人に知らしめないことが常に教育上好ましいということができないことはもちろんであるが、だからといって、直ちにこれを非公開を前提として記載され、公開される場合の教育的配慮等が全くなされていない指導要録の公開という方法で行わなければならないということもできない。

そうであるとすれば、原告の主張するような指導要録の非公開による弊害があるとしても、公開を前提とした制度的整備等が必ずしも十分でない現行の指導要録制度のもとにおいて、公開によって生ずる前記のような弊害に照らせば、なお指導要録の本件非公開部分該当部分は、これが公開されることにより、現在又は将来の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがある情報が記載されているものというべきである。

なお、指導要録を全面公開した地方自治体がいくつかあることは、前記認定のとおりであり、甲一二号証の一及び二によれば、平成五年二月六日以降、指導要録の本人開示請求を認め、同年八月三一日までに八五件の指導要録開示を行った川崎市教育委員会に対して、原告が、指導要録の開示による逆恨みや嫌がらせなどの異常な事態の発生等に関する報告の有無について照会を行ったところ、同年九月三〇日付けで川崎市教育委員会から各学校長からの報告はない旨の回答を得た事実が認められる。しかしながら、右回答は、指導要録の全面開示を行うようになってから、比較的短い期間内において、学校長から教育委員会に対する逆恨みや嫌がらせ等に関する報告事案がないというものであるから、これをもって、指導要録の公開による弊害がおよそ生じないものということはできない。

(3) また、原告は、原告が既に小学校を卒業しており、責任ある立場にあることから、嫌がらせ等の混乱を生ずるおそれはない旨主張する。

本件請求においては、その請求の目的として「自己の客観的評価を知り、資質向上に役立てるため」とのみ記載された請求書(乙四号証)によって行われており、それ以上の特段の公開の必要性については、原告は何ら主張していない。したがって、本件において、本件非公開部分の公開が認められるということは、少なくとも卒業ないし卒業後一定期間の経過の事実があれば、指導要録の公開が認められ得るということであり、このことを前提に、現在又は将来における事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障を生ずるおそれがあるか否かを判断すべきことになる。卒業ないし卒業後一定期間の経過により、児童に対する今後の指導上の支障ということが問題とならなくなり、保護者又は本人の感情的反発や誤解の発生による弊害自体がやや少なくなる可能性はないではないが、卒業後であっても、これを公開することを前提とすれば、やはり、右のような弊害を慮って、教師がありのままの記載をせず、あるいは、特記事項をあえて記載せず、指導要録が形骸化するおそれは、依然として存在するというべきであるから、原告の右主張は採用できない。

(4) なお、原告は、本件条例は市民の知る権利を保障したものであるから非公開事由の拡大解釈は許されない旨主張するが、本件条例の規定に照らせば、公文書の公開を請求する市民の権利は、本件条例によって創設された権利であると解されることからすれば、個人のプライバシー等や市政の公正・適切な実施に配慮して公開除外情報を規定した本件条例九条については、その規定に即して忠実に解釈されるべきものであるところ、前記のような判断が非公開事由の拡大解釈に当たらないことは明らかである。

(5) 以上によれば、本件非公開部分については、本件条例九条一項四号エに該当するといわざるを得ない。

3  したがって、本件処分のうち、本件非公開部分を公開しなかった部分は、適法である。

三  争点3について

原告は、本件非公開部分を公開しないことが違法であることを前提として、損害賠償請求をなしているところ、これが違法とはいえないことは、前示のとおりであるから、被告市に対して、損害賠償を請求する部分は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却する。

(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官竹田光広 裁判官森田浩美)

別紙〈省略〉

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